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はじめよう 二人で

しょうがないじゃん、好きなんだから。©︎堂島孝平

「寄り」について考えてみる。

 

KinKi Kidsファン界隈では「寄り」というものが存在する。

 

よくTwitterのプロフィールでも「光一寄りだけどftrが好き」「青寄りKinKi Kids派」などという表記をよく目にする。

 

他のグループで言えば、「◯◯担」「〜くん担当」という表現がよく使われるが、KinKi Kidsは2人組ゆえ、「寄り」という特殊な表現が使われがちである。

 

一般的に「(2人とも好きだけれども)どちらかといえばこっちが好き」という意味で使われているのだと私は解釈している。

 

 

ここで、根源を考えてみようと思う。

 

90年代後半頃、デビュー当時のKinKi Kidsは、世の中の女子たちを「光一派」「剛派」に二分していた。

 

それは、当時の2人は(今も少なからずそうだが)、とても分かりやすく「全く異なるタイプの2人組」だったからである。

 

パッと見ただけで、「中性的な美形で王子様タイプの光一」「明るく親しみやすい男前タイプの剛」と分かるような、はっきりとしたイメージがあった。

 

このイメージから、女子たちは自分の好みやタイプに当てはまる方を「〜派」としていたのだろう。

 

人にはそれぞれタイプがあるのだから、外見やパッと見のイメージにより分けられる「〜派」というのは、単純明快で理解がしやすいものであった。

 

 

ここで、少し話は変わるが、私の経験上「KinKi Kidsが好きだ」と言うと、8割方「どっちが好きなの?」という質問が返ってくる。(そして、8割方「その歳でKinKi Kidsって珍しい」と言われる)

 

最初に述べた、所謂「寄り」を訊かれているのである。

 

ここで、私は悩むのである。

 

 

「寄り」ってなんだ…?

私ってどっち寄りなんだ…?

 

 

ほとんどの場合は、「どちらも好き、2人でKinKi Kidsだから」という風に答えるのだが、自分の中で「どちらが好きか」という問いに対して、答えを出すのはとても難しいことなのである。

 

 

事実を述べると、FC会員になる際に選ばなくてはならない「好きなアーティスト」という項目があるのだが、それについては「堂本剛」を登録している。

 

これは、どちらかを選ばざるを得ないため、先ほど述べたビジュアルの好みで選ぶ「〜派」方式で答えを出している。

 

 

はっきりと言えば、ビジュアル・外見・雰囲気という点において、どストライクなのは剛である。一般的に、オタクが自担の外見に対して抱く「かっこいい」という感情・ときめきが多くあるのは剛であり、軽率に沸く。

 

だから、周りには「剛の方が好きなんでしょ?」とよく言われるが、それは少し違う。

 

私のタイプとは少し異なるが、光一の顔も大好きなのである。あの整った美しい小顔を見ると、もはや言葉を失う。なのに、(写真では恐ろしく真顔だが)想像より遥かに表情豊かで、ふにゃっふにゃの笑顔で笑うのである。その光一の笑顔を見ると、私の顔も緩むし、もはや溶けそうになる。(まだ、溶けたことはないが)

 

あと、私が愛してやまないのは、光一の可愛くておちゃめな内面である。あのビジュアルをもってして、所謂「天然ボケ」であり、大人としてのしっかりとした考えや常識を持ちながら、小・中学生の頃と変わらない、少年のような部分も持ち合わせている。それはそれは、とっても愛おしい。

 

また、光一の仕事に対してのストイックさ、一貫した考え方には、畏怖の念を抱く。Endless SHOCKを見ていると、どこまでも彼に着いて行きたいと思うのである。

 

一方で、剛の普段の言動に対しては、ひたすら「かわいい」という感情を抱く。ひとまわり以上も年上の彼を、もはや母性を持って見てしまっている。彼の普段の言動は、アラフォーのおじさんとは思えない。にも関わらず、ここぞという時にしっかり決める男らしさも持ち合わせるのだ。いやぁ、たまらない。

 

そして、彼のあたたかい人柄やありのままで生きていくという姿勢は、私もそうでありたいと思わせる。でも、その優しさの中でごく稀に見られる尖った部分が、人間臭くて大好きである。

 

 

ただただ、2人の好きなところを並べただけのようになったが、結局何が言いたいのかというと、私は剛も光一も同じくらい大好きだということである。

 

 

それぞれに対する好きの〈ポイント〉は異なるかもしれないが、好きの〈大きさ〉は変わらない。

 

結論として、私は「寄り」がない。と思う。

 

 

そして、この好きの〈大きさ〉の偏りが「寄り」 と表現されているのだろう。

 

 

私は、人それぞれ好みがあるのだから、「寄っててもいいじゃん」と常々思っている。

 

(言うまでもないが、どちらかに負の感情を抱き、貶したり謗ったりした時点で、それは「寄り」などではなく、「アンチ」である。)

 

 

たとえ、好きの〈大きさ〉に偏りがあったとしても、どちらもに対しての「好き」が確かならば、それぞれの形で、素直に「KinKi Kids」を応援すれば良いはずである。

 

そこで、変な感情や偏見を持ったり、縛られる必要は全くないと思うのである。

 

「寄り」があろうとなかろうと、KinKi Kidsの2人が「好き」であればいい。

 

それが、剛の言う「KinKi Kids派」なのではなかろうか。*1

 

 

 

 

*1:2015-2016 concert KinKi Kidsの16年元日東京ドーム公演のMCでの発言、DVD・BDに収録