はじめよう 二人で

しょうがないじゃん、好きなんだから。©︎堂島孝平

私が所謂「KinKi沼」に落ちた過程。

 

※備忘録も兼ねて事細かに書いたためにとても長くなってしまったが、最後までお付き合いいただければありがたい。

 

 

私はKinKi Kidsが大好きである。FC会員になってから、かれこれ8年が経つ。

 

きっかけは2007年12月21日に放送されたMUSIC STATION SUPER LIVE 2007」を見たことである。

 

何気なく見ていたその番組にKinKi Kidsは出演していて、「永遠に」という楽曲を披露していた。

 

その当時、私は小学生だったのだが、KinKi Kidsがジャニーズの2人組であり、どちらも苗字が堂本で、硝子の少年という曲でデビューした、という程度の知識はあった。

 

しかし、硝子の少年以外の曲を聴いたのがこのときが初めてであり、さらに、歌番組で歌を歌っているKinKi Kidsを見たのも初めてであった。

 

このMステを見たとき、私は純粋に「いい曲だなぁ」と思った。そして、歌が上手い2人だなぁと思ったことを覚えている。

 

その当時、周囲にはKAT-TUNやHey!Say!JUMPが好きな友人が多かったが、私は音楽の趣味が渋い(この表現が正しいのかは分からない)ようで、コブクロCHEMISTRYの楽曲をよく聴いていた。どちらも男性デュオであり、バラード曲を多く歌うという点で、KinKi Kidsと通ずるところがある。

 

だからなのか何なのか、一般的に考えて小学生受けはしなさそうなこの曲がすごくしっくり来て、とても魅力的に感じられたのである。

 

また、周りと同じようにKAT-TUNやHey!Say!JUMPがハマらなかった大きな理由のとして、その時の私が持っていた「ジャニーズ」のイメージが挙げられる。

 

深く知らずに勝手に抱いていたイメージなので表現が良くないのだが、「とにかくかっこよさが大事」というイメージだったのである。

 

具体的に言うと、歌は重視しない、上手くなくてもいいしどんな曲でもいい。ダンスをかっこよく踊るためには口パクでもいい。ファンにキャーキャー言ってもらえるように、常に(アイドルとして)かっこつけている。常にキメ顔、甘い言葉、こだわった髪型(だいたいロン毛)。我ながらそこまで言わなくてもと思うが、当時はこんなイメージだったのである。(小学生だったから許してやってください…。)

 

私は、どうもかっこつけている感じが苦手だったようで(今もそうだが)、当時友人たちがかっこいいと言っていた仕草や表情も、私的にはあまりピンと来なかったのである。

 

そういう点でも、KinKi Kidsは私の目にはとても新鮮に映ったのである。ジャニーズだけど踊ってない。ジャニーズだけど歌が上手くて、歌へのこだわりや思いを感じる。ジャニーズだけど全くカメラ目線で歌わない。ジャニーズだけどかっこつけてない髪型・服装(これは剛くんに関してのみだが)。

 

小学生ながらそんなKinKi Kidsがすごく気になり、何となく惹かれて、その後すぐにTSUTAYAKinKi Kidsのアルバムをレンタルするに至った。定番で聴きやすいであろう「KinKi Single Selection」と、その時の最新アルバム「Φ」を借りた。初めてアルバムを聴いた時の感想も書きたいのだが、長くなるのでここでは省略することにする。

 

前述したように、まず最初に、KinKi Kidsの歌と、(私のイメージの)ジャニーズっぽくない飾らなさに惹かれたこと、これが沼への初めの一歩である。

 

 

そのうちに、KinKi Kidsは「新・堂本兄弟」というレギュラー番組を持っていることを知った。日曜深夜という、小学生にとっては見ることの難しい放送時間だったが、VHSに録画して見てみることにした。

 

そして、初めてこの番組を見て抱いた感想がこれである。

 

「何なんだ…このゆるい番組は…!」

 

小学生ながらに思った。これまた私のジャニーズのイメージの真逆を行くような、自然体で飾らない2人のキャラクター。私の関西弁のイメージを覆す(当時の私の知っている関西弁が吉本の芸人と大阪在住の親戚のおばちゃんだけだった)ような、まったりとした関西弁で繰り広げられる自由なトーク

 

2人のこのゆるい空気感に、私は見事にハマった。そして、私は沼に身体の大部分を浸けることとなる。

 

 

それに追い打ちをかけるように、母が「KinKi Kids Dome Tour 2004-2005 -Font De Anniversary-」というLIVE DVDを買ってきた。(言い方が良くないが、本当にできる母である、感謝しかない)

 

KinKi KidsのLIVEを見たことがある方はお分かりであろうが、KinKi KidsはLIVEで1番実力を発揮するタイプなのである(私調べ)。これを見て、ときめかない訳がなかった。ここで、初めて踊りながら歌うKinKi Kidsを見た。「何だKinKi Kids、歌だけじゃなくて踊りも上手いじゃないか…!!」と知った。

 

そして、私はどんどん沼へと沈んで行くのである。

 

 

ここから着実にCDのレンタル、堂本兄弟の視聴を重ね、どんどんKinKi Kidsを知って行くのだが、私の中で沼の深みにズンと落ち込んだターニングポイント的なものがその後にあった。

 

 

それは「2人の関係性を意識し始めた時」である。

 

それは言い換えれば、「剛くんの病気のことを知った時」とも言えるのかもしれない。おそらく、Wikipedia堂本剛のページを見た時にそれを知った。

 

元々人前が苦手で[46]何かあると胃薬を服用することが多かったが、芸能界活動に対するストレスから、CDデビューしたての頃に過呼吸を発症。2000年夏のコンサートツアーにて、ナゴヤドームでの第1部公演の途中に[46]過呼吸の大きな発作に見舞われる。2003年5月の「Dome F Concert」の途中体調不良で倒れたことをきっかけにして、同月、ジャニーズオフィシャル携帯サイト「Johnny's web」にて、自ら過換気症候群[16]パニック障害と闘病中であることを告白した[47][注釈 4]。なお、その後2003年7月に行われた『ずーっといっしょ。』出版記念展覧会の記者会見でも「病気とは長く闘っている。光一にも助けてもらっている。」と発言している[48]。苦しい時を乗り越えた現在は、「18歳からの5年間は死にたいと思っていたが、音楽が僕を救ってくれた。音楽やギターと出会えていなかったら、僕はもう居ない。」と、この“死にたかったが死ねなかった頃”について自身のソロライブや雑誌のインタビューで振り返るようになっている[47]。     Wikipediaより

 

正直、驚きしかなかった。それは、私がそれまで見てきた(2007〜2008年の数ヶ月)堂本剛からは、このような時期があったことが全く感じとれなかったからであろう。

 

これをきっかけに、今までずっと順調にKinKi Kidsとしてやってきた訳ではない、と知った。そして、永久保証がされているKinKi Kidsではない、危うさの中でお互い支え合ってこれまでやってきたのだ、と分かった。

 

(剛くんが病気になったこと以外にもたくさんの壁を越えて今のKinKi Kidsがあるのは分かっているのだが、おそらく最初にぶち当たった大きな壁はこれなのではないだろうか。)

 

ここから、私は2人の関係性を意識し始めたのである。

 

KinKi Kidsは他のグループなどで見られるような、ベッタリ仲良しこよしというタイプではない。例えば、プライベートでも遊びますとか、LIVE中に普通にハグ・キスなどのスキンシップとか、目を見て息を合わせて笑い合って歌うとか、そういうのは一切ない。(むしろ目も合わせないのに息が合うのが怖いくらいなのだが)

 

しかし、その意識が生まれてから、何気ない会話や仕草の中に、お互いへの信頼・尊敬・思いやりや愛情(変な意味ではなく)が垣間見えてきた。

 

言葉を選ばずに言えば、私はこの時までは、うわべの目に見えるところだけを見ていた。単純に、面白いなぁとか、かっこいいなぁとか、上手いなぁとか。

 

だが、この時から、KinKi Kidsに深みや重みを感じるようになり、KinKi Kidsファンがよく言う「尊い」という感情を抱くようになったのである。

 

このことで、一気に私の中でKinKi Kidsという世界が大きく広がったきがするのだ。

 

これをきっかけに私はさらに深みにハマったのである。そしてかれこれ8.9年間抜け出せていない、むしろ抜け出すどころかどんどん沼の底に近づいているのである。

 

 

ここまでお付き合いくださった方には、本当に感謝の気持ちでいっぱいである。

 

 

こんなまとまりも語彙力もない長文を読んでいただき、ありがとうございました。

 

最後に、私がKinKi Kidsにハマったきっかけの曲「永遠に」を宣伝してみます。

 

 

永遠に

永遠に